Chira Car Life — Philosophy & Strategy
チラカーライフは、フランス車の魅力を伝えるチャンネルです。でも、本当にやりたいのはもう一段手前。これまで興味を持っていなかった人に、「こんな選択肢があるんだ」と気づいてもらうこと。ただ、それだけです。
このサイトについて — ABOUT
このサイトは、フランス車専門のYouTubeチャンネル「チラカーライフ」を運営する私が、チャンネルの理念と戦略を一つの読み物としてまとめたものです。
なぜフランス車だけを扱うのか。どんな考えで動画を作り、視聴者と向き合っているのか。その答えを、原体験から具体的な戦略まで全5章で記しています。通して読むと20分ほどです。
Chapter 1
チラカーライフは、フランス車の魅力を伝えるチャンネルです。
でも、それだけではありません。私がこのチャンネルで本当にやりたいことは、もう一段手前にあります。これまでフランス車に興味を持っていなかった人に、「こんな選択肢があるんだ」と気づいてもらうこと。ただ、それだけです。
ファンを増やしたいわけではありません。「好きになってください」とお願いしたいわけでもない。その、もっと手前。そもそも知られていないものの「存在」を、まず知ってもらう。そこから、すべてが始まると思っています。
なぜそこにこだわるのか。理由は、たった一つの単純な事実にあります。冒頭に掲げた、あの三段論法です。
言葉にすれば当たり前のことですが、私はこの一本の線がチラカーライフという活動のすべてを貫いていると考えています。
少し補足させてください。世の中には「もっと良さを伝えれば、買ってもらえる」という考え方があります。でも私は、その前にもっと大きな断絶があると思っています。買う・買わないを判断する以前に、そもそも候補として頭に浮かんでいない。比較の表に一行も載っていない。この状態では、どれだけ良いものでも永遠に選ばれません。可能性は、文字どおりゼロです。
図:私の仕事は、この表に「一行」を加えてもらうこと
逆に言えば、比較の表に一行載せてもらうだけで状況は決定的に変わります。選ばれるかどうかはわからない。でも、ゼロだったものがゼロではなくなる。この「ゼロを、ゼロではない状態にする」ことこそ、私が自分の役割だと決めていることです。
だから私は、視聴者にフランス車を選ばせたいのではありません。選ぶかどうかは、その人が決めればいい。私がやりたいのは、その「選ぶ・選ばない」を判断する土俵にすら上がれていないものを、土俵に乗せること。それ以上でも、それ以下でもありません。
そして、なぜ私がここまでこの一点にこだわるのか。それは、かつての私自身がまさに「土俵にすら上げていなかった人間」だったからです。
Chapter 2
今でこそフランス車の魅力を語っていますが、私は最初から好きだったわけではありません。むしろ真逆でした。
「壊れる」「高い」「見栄っ張りが乗るもの」。外車に対して私が抱いていたイメージは、ネガティブなものばかりでした。とくに大衆車ブランドに対しては、「性能は国産車と大差ないのに、価格だけ高くて合理性がない」とすら感じていました。輸入車は自分とは関係のない世界の話。検討の対象どころか、視界にすら入っていませんでした。
つまり当時の私は、フランス車を知らなかったのではありません。知らないまま毛嫌いしていた。これは似ているようで、まったく違います。前者はただの無関心ですが、後者は「知ろうとすらしなかった」という、もっと根深い状態です。情報を遮断していたわけですから、自分から扉を開けることは一生なかったかもしれません。
その思い込みがひっくり返ったのは、十年前、街で偶然見かけた一台のSUVがきっかけでした。あまりにかっこよくて思わず調べてみると、それはプジョー2008。デザインだけでなく、評判も悪くない。「自分とは関係ない」と決めつけていた輸入車が、生まれて初めて気になる存在になりました。
そして、気づいたのです。私は「知らなかった」のではなく、「知ろうとしなかっただけ」だったのだと。フランス車の側には、何の落ち度もなかった。ただ、私の視界に入る機会がこれまで一度もなかった。それだけのことだったのです。
そして、もう一つ決定的だったことがあります。実際にディーラーへ足を運んだときの、営業マンの存在です。
初めて担当してくれた、プジョー名古屋名東のエース、Tさん。当時の私は輸入車のことを何も知らず、強く勧められればきっと身構えて引いてしまっていたと思います。ネガティブなイメージを持って来店した、半信半疑の客でした。少しでも押し売りの気配を感じれば、「やっぱりな」と納得して帰っていたでしょう。
でもTさんは、売り込みませんでした。私の疑問に一つひとつ丁寧に答え、フランス車の特性や魅力をわかりやすく説明してくれただけ。「買ってください」とは最後まで言わなかった。
価格のことを知ったのも、この対話のなかでした。いざ予算の話になると、Tさんはまず新車を紹介してくれましたが、続けて「ご予算によっては、こういう選択肢もありますよ」と、登録済未使用車という選び方を教えてくれたのです。そこで初めて、フランス車が思っていたより手の届く価格で、選び方によっては国産車より安く買えることもあると知りました。自分で調べていたら、辿り着けなかった事実です。
押されなかったから、私は自分のペースで考えることができました。試乗で感じたしなやかな乗り心地と、控えめなのに筋の通った説明。そのすべてが少しずつ重なって、最後には「この車にしてみよう」と自分の意思で思えたのです。決めたのは、私でした。
もしあのとき強引に勧められていたら。私はきっと、フランス車を「やっぱり売り込みの激しい世界だ」と再び遠ざけ、二度と検討しなかったでしょう。良いものだったとしても、押された瞬間に扉を閉じていたと思います。
図:十年前、私自身に起きたこと
「知らないまま終わるところだった」という体験と、「押されなかったから、自分で選べた」という体験。この二つが、今の私の発信のすべての根っこになっています。
あのとき出会っていなければ、私は今でも「フランス車なんて興味ない」と言い続けていたはずです。本当は、こんなに好きになる相手だったのに。出会えていなかった、ただそれだけの理由で。
だから私は、かつての自分と同じように知らないまま通り過ぎようとしている人にこそ、このチャンネルを届けたいと思っています。そして、あのときのTさんがしてくれたように、決して押し付けず、ただ判断材料を差し出す。その役を、今度は自分が引き受けたいのです。
Chapter 3 — Core
ここからが、チラカーライフの考え方の中心です。
動画の中で、私は「この車は最高です、買うべきです」とは言いません。
代わりに大切にしているのは、視聴者の選択肢の中にそっと置いておくことです。「フランス車って、ちょっと気になるな」。その段階にまで持っていければ、それで十分。これを私は「検討の土台に上げてもらう」と呼んでいます。
なぜおすすめしないのか。それは第Ⅰ部に書いた、あの単純な事実に戻ります。
選ばせる必要はないのです。土台に乗せさえすれば、可能性はゼロから「ゼロではない」に変わる。そこから先、実際に選ぶかどうかはその人自身が決めること。私が無理に背中を押す必要はないし、押すべきでもない。私の仕事は、ゼロをゼロではない状態にすること。土俵まで連れてくること。土俵に上がった後は、その人の自由です。
そしてもう一つ。私は、あのときTさんがしてくれたことの逆をやりたくないのです。押されて買ったものは、本当の意味で自分の選択にはなりません。誰かに決めさせられたものは、何かあったときに「あの人が勧めたから」と他人のせいにできてしまう。でも、自分で選んだものは違います。押されなかったからこそ、私はフランス車を「自分で選んだ」と心から思えた。だからこそ、愛着も納得も深い。視聴者にも、同じように自分で選んでほしいのです。
マーケティングの世界では、よく「ターゲットの悩みを理解しろ」と言われます。
でも私には、理解する努力すらほとんど必要ありませんでした。なぜなら、私自身がまさにそこにいたからです。偏見を持ち、知ろうともせず、自分とは関係ないと決めつけていた。その気持ちが手に取るように分かる。何に身構え、どんな言葉で心を閉ざすのか、全部分かる。自分がそうだったからです。
だから私は、偏見を持っている人を上から説得しようとはしません。説得とは、結局のところ「自分のほうが正しい」という立場から相手を動かそうとする行為です。でも、かつての私を動かしたのは正しさではありませんでした。Tさんの、隣に並んでくれるような姿勢でした。
だから私も、隣に並んでこう話すだけです。
「私も、そう思っていました」
「その気持ち、よくわかります」
「でも実際に乗ってみたら、こんなふうに価値観が変わったんです」
図:「説得」と「並走」の違い
これは、外側から相手を動かそうとする「説得」ではなく、自分の体験を内側から差し出す「並走」です。判断は相手に委ねたまま、ただ自分の歩いた道を見せる。
実際、視聴者の方からこんなコメントをいただくことがあります。
それは、この並走の姿勢が伝わっている証拠なのだと、ひそかに嬉しく思っています。そして同時に、それは「この人は信頼できる」という感覚にもつながっているはずです。売りつけてこない人の言葉は、素直に聞ける。信頼は、押し付けないことから生まれるのです。
この「並走」を根っこで支えているのが、私のペルソナの置き方です。私が動画で語りかける相手は、ほかでもない、十年前の自分です。
一般的にマーケティングでは、ペルソナを年齢や年収、家族構成、ライフスタイルといったデータから組み立てます。私もそれは学びましたし、実際に設定もします。でも、私の一番の軸はそこではありません。ペルソナを市場データからではなく、自分自身の変化の記録から掘り起こす。これが、嘘のない発信を続けるための最大のよりどころです。
図:ペルソナを、自分の変化の記録から掘り起こす
なぜそれが強いのか。データから作ったペルソナには、「本当にそう感じるか」という確信がどうしても持てないからです。「30代男性は家族向けの実用性を重視する」と言われても、それは統計上の話で、目の前の一人がそう感じる保証はない。でも、かつての自分なら迷う必要がありません。あの頃の自分が確かにそう感じていた。確かにその言葉に身構えた。確かにその情報量に圧倒された。すべて、実際に起きたことだからです。
この「自分基準」を持っていると、テーマ選びからタイトル、トーン、編集方針まで、すべての判断がぶれなくなります。誰かに「これは刺さりますか」と聞く必要がない。あの頃の自分に聞けばいい。これは、どんなジャンルの発信者にとっても応用できる、私なりの方法論です。
Chapter 4
理念だけでは、動画は一本も作れません。「検討の土台に上げる」という目的を、具体的な動画の作り方にまで落とし込む必要があります。ここからは、その戦略を、私が学んできたことと実際の運用で得たことの両方から、できるだけ具体的に書いていきます。ここが一番、試行錯誤の多かった部分です。
「検討の土台に上げる」を実現するには、関心度のまったく違う人たちすべてに届ける必要があります。フランス車にまるで興味がない人から、すでに購入を検討している人まで。この幅は想像以上に広い。同じ一本の動画でこの全員に届けようとするのは、最初から無理があります。
そこで私は、チャンネル全体の動画にそれぞれ異なる役割を持たせることにしました。一本一本がバラバラに存在するのではなく、全体で一つの「導線」を描くように組み立てる、という発想です。
図:3つの役割が、視聴者を段階的に深いところへ導く
バズ系・生活密着系。「真冬のEVで高速道路を走ったらどうなるか」のように、広く関心を持たれるテーマの中に、たまたまフランス車が登場する。
あるある系・検証系。初心者の目線を忘れず、事実とストーリーを組み合わせて共感を引き出す。
詳細レビュー・納車レポート・長期検証。再生数ではなく「この一本が背中を押すかもしれない」という意識で作る。
ここで、運用の中で痛感したことを書きます。YouTubeの世界では、しばしば「バズれば勝ち」と言われます。確かに再生数は大切な指標です。でも、バズだけを狙うと必ず壁にぶつかります。バズ動画でどれだけ大勢が来ても、その人たちを受け止める動画が用意されていなければ、視聴者はその場限りで通り過ぎ、二度と戻ってこないからです。花火のように一瞬の数字は上がる。でも、何も残らない。
だから私は、バズを狙う前に必ず受け皿を先に用意するようになりました。先に②と③の動画を揃えておく。その上で、①のバズ動画で新規の人を呼び込む。すると、入口から入ってきた人のうち何割かが二本目、三本目と見てくれて、やがて検討の土台にフランス車が乗る。バズはあくまで入口にすぎません。入口から入ってきた人が、次にどこへ進むのか。その道筋をどう用意しておくか。そここそが本当の勝負どころなのだと、運用を重ねる中で学びました。
この「三つの役割」という考え方は、フランス車に限った話ではありません。何かを多くの人に知ってもらいたいとき、関心度の異なる相手それぞれに異なる入口を用意する。この考え方は、どんなチャンネルにも応用できると考えています。
フランス車は、日本では明らかにニッチなジャンルです。「このジャンルに賭ける」と決めた時点で、視聴者数にはある程度の限界が見えていました。正面から「フランス車の魅力」だけを語っていては、もともと興味のあるごく限られた人にしか届きません。これでは、検討の土台に上げる相手の母数がいつまでも増えていかない。ニッチを選んだ以上、ここをどう乗り越えるかが最大の課題でした。
そこで意識するようになったのが、人の興味というものはきれいに分断されてはいない、むしろ重なり合っているという捉え方です。ある人はEVの実用性が気になっている。ある人は洗車やコーティングが趣味だ。ある人は子育て中で、家族向けの車を探している。人は誰でも、こうした「興味の輪」をいくつも同時に持っています。
図:興味の輪が重なる地点に動画テーマを置く。どこから入っても最後はフランス車が見えてくる
私がやっているのは、その輪がフランス車と交差する地点に動画のテーマを置くことです。すると、フランス車には興味がなくても、EVやコーティングには興味がある人が動画に辿り着く。そして見終わったときに、「この車、なんかいいな」と自然に思ってもらえる。
ここでも、学んだことと実体験が交差します。マーケティングでは「ターゲットを絞れ」と教わります。これは正しい。絞らなければメッセージがぼやけて、誰にも刺さらない。でも、運用してみて分かったのは、絞りすぎると今度は輪が小さくなりすぎて、やはり誰にも届かなくなるということでした。
私が試行錯誤の末に辿り着いた答えは、軸は絶対にぶらさない、でも入口の間口は思い切り広げる、というやり方でした。軸はいつでもフランス車。ここは一ミリも動かさない。でも入口は、EVでも、洗車でも、子育てでも、燃費でもいい。「どこから入ってきても、たどっていけば最後にフランス車が見えてくる」。そういう構造を意図して作る。これは、ただの偶然の視聴ではありません。偶然を必然に変えるための仕掛けです。
どれだけ中身に力を込めても、見てもらえなければその価値はゼロです。これはYouTubeの、基本にして最大の壁です。だからこそ私は、動画の入口である「タイトル」と「サムネイル」に徹底的にこだわってきました。
たとえば「プジョー3008の内外装レビュー」というタイトル。これは内容としては何も間違っていません。むしろ正確で真面目です。でも、フランス車に興味がない人にとっては、「知らない車種名」が並んだこのタイトルは完全にスルーされます。正しいけれど、届かない。
図:表現は広く、内容は誠実に
そこで私は、中身は一切変えずに、入口の言葉だけを変えます。同じ動画でも、「世界中で爆売れした外車SUVの内外装」とすれば、車種を知らない人にも引っかかる。中身は同じ。変えたのは、入口の言葉だけです。
ただし、ここで絶対に守っていることがあります。私は「釣り動画」が好きではありません。中身の伴わない煽りで人を集めても、それは「騙された」という不信感だけを残すからです。Tさんが私にしてくれたことの、正反対だからです。
だから私が狙うのは、興味を引きつつ中身でしっかり応えるタイトルです。視聴者が見終わったときに、「煽られた」ではなく「知らなかったことを知れた」と感じてもらう。「表現は広く、内容は誠実に」。一見矛盾して聞こえるこのバランスこそ、運用を重ねる中で見つけた、私の立ち位置です。
私は、話題性だけを狙った企画、いわば「企画のための企画」をあまり作りません。重視しているのは、実生活の中で実際に起きたことを土台にした検証やレポートです。
たとえば、代表的な企画のひとつに「真冬のEVでの長距離走行」があります。私はこれを、「EVで1000kmチャレンジ」のような派手な挑戦としてではなく、「実家に帰省する移動手段としてEVを選んだら、現実にどうなるか」という視点で撮影しました。どんな問題が起きて、どう対処したのか。それを淡々と記録することが、本当にEVを検討している人にとって一番リアルな判断材料になると思ったからです。
このシリーズは大きな反響を呼びましたが、それは「バズった」からではなく、「生活に根ざしていた」からだと感じています。挑戦企画なら一度きりで消費されますが、生活の検証は、同じ状況に置かれた人にとってずっと役に立ち続ける。
ここで大切にしているのは、視聴者の悩みと自分の悩みが重なっているということです。私が本当に困っていることは、視聴者も同じように困っている。シートベンチレーションのない車で、夏の車内をどう快適にするか。これは私自身の切実な悩みでしたが、同じ車に乗る人の悩みでもありました。そこにリアリティがあるからこそ、「役に立った」「参考になった」という声が生まれるのです。
そして、リアリティは中身だけの話ではありません。映像と音声の質にも、同じくらいこだわっています。チャンネルの視聴データを見ると、一番長く見られているデバイスは、実はスマホではなくテレビ、つまりリビングの大画面でした。大画面では、荒い映像やノイズのある音声は「不快」として処理されてしまう。だから私は、「実車をその場で見ているような映像体験」を作ることを意識しています。これも、検討の土台に上げるための欠かせない要素だと考えています。
ここまで読んで、「きれいごとばかりだ」と感じる人がいるかもしれません。再生数や収益のことをどう考えているのか。正直に書きます。
もちろん、再生数が伸びれば収益にもつながります。それはありがたいことですし、活動を続けるためには収益は欠かせません。でも私は、初期の段階から「数字だけを目的にはしない」という軸だけは守り続けてきました。
バズを狙うあまり理念が崩れてしまえば、後に残るのは、チャンネルの軸に共感していない「薄い視聴者」だけになるからです。数字は手段であって、目的ではない。私の中では、理念と収益は対立するものではなく、「順番」の問題だと捉えています。まず理念を軸に据える。その結果として、チャンネルは持続可能になり、収益や登録者数は後からついてくる。理念から始まり、戦略で続ける。むしろ、理念を守ることが長期的には収益を支えるのだと、私は考えています。
図:理念から始まり、戦略で続ける。数字は手段であって目的ではない
最後に、動画そのものから少し離れた話をします。コメント欄と、コミュニティについてです。
まず、コメント欄について。私は、コメント欄を単なる感想の置き場だとは思っていません。そこに集まる一つひとつの声が、動画そのものの価値を押し上げてくれる、大切なコンテンツの一部だと考えています。
たとえば、ある車種について語る動画で、私が知らない細かな実用情報を、すでに長く乗っているオーナーの方が書き込んでくれることがあります。私一人の経験には限界がありますが、コメント欄を通じて何百人ものオーナーの経験が集まれば、動画全体の価値は何倍にもなる。だから私は、テーマを補強してくれるコメントには積極的に返信し、対話を重ねます。コメント欄を、視聴者と一緒に育てる「情報の場」にしていく、という発想です。
ここでも、根っこにあるのは「並走」の姿勢です。私が一方的に情報を与えるのではなく、視聴者と一緒にテーマを深めていく。コメント欄は、その並走が一番目に見える形で起きる場所なのだと思っています。
コミュニティについても、同じ考え方を貫いています。私は、オフ会やイベントを重視しています。その理由は、検討の土台に上げ、実際にフランス車を選んでくれた人の、その「後」にあります。
私がきっかけでフランス車を知り、購入してくれた人も少なくないと思っています。だとすれば、その人たちに「乗っていて楽しいな」「フランス車を買って、本当によかったな」と思ってもらうところまでが、私の役割ではないか。選んだ後に、その選択を誇れる環境があってこそ、「検討の土台に上げる」という活動は本当に意味を持つのだと思います。
ただし、ここでも私は過剰には働きかけません。こちらが場を用意し、段取りを整える。でも、その場で何が起きるかは参加者に委ねます。私が前に出て場を仕切るのではなく、参加者同士で話が盛り上がり、つながりが生まれてくれれば、それでいい。主役は、私ではなく、集まってくれた人たちです。
これは、動画で「説得しない」こととまったく同じ姿勢です。コメント欄も、オフ会も、私がやっているのは「場をととのえること」まで。その場の中で何が育つかは、相手に委ねる。場はつくる、でも仕切らない。押し付けず、並走する。この一貫した姿勢が、チャンネルのあらゆる場所で生きています。
Chapter 5 — Final
戦略の最後にコミュニティの話を書きましたが、これは私にとって単なる戦略以上の意味を持っています。「一人じゃない」と思えること。気軽に話せる相手がいること。同じ車を愛する仲間と語らえる時間があること。これは、フランス車を選んだ人が「選んでよかった」と心から思えるために、欠かせない環境だと考えています。
動画で出会い、コメント欄で言葉を交わし、そして実際に会って語り合う。チャンネルが、そういう人と人をつなぐ「ハブ」になっていく。それが、私の思い描く未来です。
突き詰めると、私がやっているのは「橋をかけ続けること」なのだと思います。
図:知らない人と知っている人のあいだに、橋をかける
フランス車の魅力は、すでに乗っている人には十分すぎるほど伝わっています。でも、知らない人には検討すらされないのが現実です。そのあいだには、深い谷がある。その谷に橋をかける。一本でも、多く。
知らなければ、検討の土台には上がらない。土台に上がらなければ、選ばれる可能性はゼロのまま。でも、橋を渡って土台に上がりさえすれば、可能性はゼロではなくなる。私は、その橋をかける役割をこれからも果たし続けたいのです。
ここまで書いてきて、改めて気づくことがあります。「説得せず、並走する」。「相手の中に判断材料を残す」。「決めるのは、あくまで本人」。これは、フランス車を伝えるための技術であると同時に、私という人間が人と関わるときの根っこそのものなのだと思います。
かつて私を変えてくれたTさんも、私を説得しませんでした。ただ、判断材料を誠実に差し出してくれた。決めたのは、私自身です。私はあのとき受け取ったものを、今度は自分が別の誰かに渡している。受け取った橋を、次の人にかけ直している。
知らないまま通り過ぎてしまう人を、一人でも減らしたい。本来なら好きになっていたかもしれない人に、もう一度ちゃんと出会ってほしい。その最初の一歩を、動画という形でそっと差し出す。その橋を渡るかどうかは、見る人に委ねる。渡らなくてもいい。でも、橋がなければ、渡るという選択肢すら生まれない。だから私は、かけ続けます。
それが、私のやり方であり、チラカーライフというチャンネルのすべてです。